菌根研究における問題

遺伝子変異が起きているアーバスキュラー菌根菌,Rhizophagus irregularis がわが国の自然環境を破壊する

日本で安全性が確保され,流通させることが認められている遺伝子組み換え食品は,平成30年2月時点では,ジャガイモ,ダイズ,テンサイ,トウモロコシ,ナタネ,ワタ,アルファルファ,パパイヤの8品目です(11) が,こうした品種を作ってきた遺伝子技術は今も進歩し続けており,ゲノム編集という言葉も登場しました。

ゲノム編集技術とは,特定の機能を付与することを目的として,染色体上の特定の塩基配列を認識する酵素を用いてその塩基配列上の特定の部位を改変する技術(5)で,「機能停止」,「機能変更」,「機能付加」の3通りの方法があります。「機能停止」は特殊な切断酵素を用いて遺伝子の一部を取り除く方法で,代表的な切断酵素「CRISPR-Cas9」を開発した科学者2名が2020年のノーベル化学賞を受賞しました(6)。「機能変更」は遺伝子の一部を取り除いた後に同一生物の遺伝子と導入する方法ですが,「機能付加」は切り取ったところに外来遺伝子を挿入する方法です(4, 8)。ちなみに,従来の遺伝子組換えは「機能付加」です。要は,紙とハサミの工作の如く,ゲノム編集は遺伝子を弄ることができるようになった訳ですが,本当に安全な技術なのでしょうか?

少なくとも栽培面においては,花粉で近隣の畑の実りを汚染し,畑は組換えた遺伝子に対応する耐性病害虫・雑草で溢れました(9)。また,遺伝子組み換え作物の種苗特許(知的財産権)のために農家と種苗会社で裁判があり,農家側が勝訴しました(2)。今では,この種苗会社は除草剤による健康被害においても敗訴し(1),バイエルに買収されました。これがかの有名なモンサント社の所業と末路でした。

遺伝子組み換えに不穏な空気が漂ってきたところで,菌根菌はどうでしょうか?

残念ながら,菌根菌にも遺伝子組み換えは存在します。本誌創刊号のコラム5に記載しましたが,今一度おさらいしましょう。

菌根菌に関する海外の論文を読むと,Rhizophagus irregularis というアーバスキュラー菌根菌(AMF)をみかけることがあります。一体何者なのでしょうか?

先ず,このAMFは自然界には存在せず,人間が作り出したものです。作り方とその危険性は下記に示す通りです。

  • 1. 遺伝子組み換えニンジンに Rhizobium (旧Agrobacterium) rhizogenes という細菌(植物細胞に感染してDNAを送り込む性質“形質転換”がある)を感染させて「毛状根」(根だけで異常に増殖,第1図)を作ります。
    第1図 毛状根

    第1図 毛状根

    (Sudha, C. G et al. 2013より)

  • 2. 「毛状根」に,Glomus intraradices と呼ばれるAMFを感染させると,Rhizophagus irregularis というAMFに変異していきます。
  • 3. Rhizophagus irregularis は菌糸を異常に増殖させて胞子を多数作りますので,これを自然界で使用すると土着のAMFの減少および多様性の破壊や,毛状根から導入された遺伝子(根だけで増殖させる遺伝子)を自然界にまき散らすことが懸念されています。現在,菌根菌分野の国際学会でもこの問題が議論されており,この Rhizophagus irregularis の自然界での使用を禁止することを唱えている菌根研究者が増えてきています。

このように,Rhizophagus irregularis は,その名の通りイレギュラーなAMFであり,遺伝子組換え菌根菌と呼んで差し支えのないものです。絶対,自然界で使用してはいけません。現在,わが国では遺伝子組み換え作物の自然界での使用は法令で厳格に規制されていますが,Rhizophagus irregularis には全く制約がないのです。早急に,わが国政府がこのAMFの自然界での使用を禁止する法律や,一部の心無い会社がわが国の地力増進法(7)を守らず販売している現状を取り締まっていただきたいと願っています。

なぜ Rhizophagus irregularis という異常なAMFができたのでしょうか?

これは,AMFが「宿主植物に共生するとその植物の細胞核を奪い,その中の遺伝子を自身の胞子内に溜める(根への侵入のための“鍵”というものです)能力を持つ」からです(3)。この能力は,宿主植物が進化しても生き残れる力となり,植物が様々に進化しても宿主植物と共生関係を築くことができ,AMFが4億6千万年前から生存し地球上のほぼ全ての植物と共生することができる力でもあるのです。

このAMFの能力を悪用して,遺伝子変異を起こさせた毛状根に Glomus intraradices という自然界に生息するAMFを感染させて,人為的に強力なAMF,Rhizophagus irregularis に作り上げたのです。

2001年,オーストラリアで開催された第3回国際菌根会議のワークショップにおいて,「ゴジラ」のような強力なAMFを作って食料増産に貢献したいというテーマに,石井が反対意見を述べると多くの参加者が賛同して,ものの数分でこのワークショックが閉会になったことを思い出します。

現在,2015年9月の国連サミットで採択され,わが国政府も推進しているSDGsを目指す上では,Rhizophagus irregularis というAMFを用いた持続可能な作物栽培は本末転倒であることを知っていただきたいものです。コラム1で示すように,”sustainable” には,「環境にやさしい持続可能な」という奥深い意味があるのですから。

最近,Rhizophagus irregularis を用いてAMFの純粋培養に世界で初めて成功したと国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のホームページなどで吹聴している大学教官や研究者がいますが,この純粋培養技術は世界初でもなく,石井らが正常なAMF3種類程度を用いて世界に先駆けて成功した純粋培養技術の二番煎じであることや,前述したように異常に胞子を増殖する危険なAMFを用いた試験結果です。彼らはこのAMFを隔離もせずに実験に供試していると思われますが,現在,Rhizophagus irregularis を利用している,あるいはこれから利用しようと計画している教官や研究者の方は今すぐに使用を取りやめていただきたいと願っています。

また,一部の心無い会社がわが国の地力増進法(本誌33頁に記載内容の表示義務など)を無視して,アマゾン,楽天などのネット上で販売しているAMFの多くは,Rhizophagus irregularis ですが,正常なAMFは市販されており,入手できますので,ぜひこれらの良心的な企業からの製品を用いてください。

ところで,毛状根の異常な生長はガン細胞の特徴そのものです。人体のコントロールを逸脱して細胞分裂してしまう,ガン細胞と言えます。実際,毛状根の作製に使っている細菌,Rhizobium rhizogenes は,植物のガンとも言うべき根頭癌腫病で有名な Rhizobium radiobacter (旧Agrobacterium tumefaciens) と同属です。バラや果樹を栽培したことのある人は,一切の薬が効かずただ衰弱していく,そして周囲に拡大していくあの不治の病の恐ろしさを知っているでしょう(10)。

Rhizophagus irregularis の異常な殖え易さは,おそらく Rhizobium rhizogenes から受け継いだ性質なのでしょう。前述したように,菌根菌はこれまで溜めてきた植物達の遺伝子の特徴を発揮する可能性を示唆しています。そんな菌根菌に,イレギュラーで病原性を誘発させる遺伝子を1つでも混ぜてしまったら,一体自然界はどうなるのでしょうか?

私たち日本菌根菌財団は,遺伝子変異が起こっている Rhizophagus irregularis のようなAMFを販売している企業や団体を監視し,法的規制を政府に投げかけるとともに,わが国や世界に生息する菌根菌を大切に取り扱っている研究者や技術者,菌根研究に興味・関心のある学生などへの研究支援,農業従事者および自然保護関係者や企業などへの技術支援をする,そんな財団でありたいと考えています。ご協力をよろしくお願い致します。

理事長 石井孝昭

編集委員 社納 葵

参考文献
  1. AFP BB News. 除草剤で末期がんに,米裁判 モンサントに約320億円の支払い命じる陪審評決. 2018年8月11日. https://www.afpbb.com/articles/-/3185756
  2. 印鑰 智哉のブログ2018/04/19 (http://blog.rederio.jp/archives/3477) が分かり易いです。
  3. 石井孝昭. 2014. 菌根菌の働きと使い方. 農文協. 東京.
  4. Joyce, V. E. 2018. Genome editing and plant transformation of solanaceous food crops. Current Opinion in Biotech. 49: 5-41.
  5. 厚生労働省. 2019. ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領. https://www.mhlw.go.jp/content/000549423.pdf
  6. 日刊薬業. 2020.「CRISPR-Cas9」開発で仏米2氏が受賞 ノーベル化学賞. https://nk.jiho.jp/article/155366
  7. 農林水産省. 地力増進法及び関連法令等. https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_dozyo/houritu.html
  8. Patrick, D. H., Lander, E. S. and Feng, Z. 2014. Development and Applications of CRISPR-Cas9 for Genome Engineering.
  9. ロバン, マリー・モニク. 2008. カナダ国立映画製作庁, アルテフランス共同製作「モンサントの不自然な食べもの」, 有限会社アップリンク配給. https://www.uplink.co.jp/monsanto/
  10. 島根県農業技術センター. 2013. 病害名:根頭がんしゅ病(作物名:ブドウ, ナシ, カキ, バラ). https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/norin/gijutsu/nougyo_tech/byougaityuu/byougaityuu-index/budou/bu-kontou.html
  11. 消費者庁「遺伝子組換え食品」平成30年3月9日最終更新 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/food_safety_portal/genetically_modified_food/